天までとどけ           ~自然農

山里で一喜一憂しながら毎日を送る、3児と猫2匹の母のつれづれ日記

10年間

平成4年から7年まで
私は青年海外協力隊の看護婦(当時はまだ、看護師ではなかった)隊員として
インドネシアのスマトラ島のメダンと言う地方大都市の
国立病院に3年間、勤務していた。

そこで同じ協力隊の主人と知り合い、
帰国してすぐに結婚し岐阜に住み、
サラリーマンの妻、専業主婦をして
東京に転勤、長女が生まれ、長男が生まれ、
よくわからないまま(笑)農業をすることになり
主人の実家のある加子母に来た。

次男が生まれた頃、協力隊から戻ってきて6年後、
協力隊の看護婦顧問をしていたT先生から問い合わせが来て
看護婦隊員のその後を調査しているので、協力して欲しい、ということで
わざわざ加子母まで足を運んで下さり
当時、家が建つ前で、仮住まいに住んでいた所に会いに来てくださった。

その時、一体何を話したのか、よく覚えていないのだけれど、
その後T先生は野菜を取ってくれるようになり、
お姉さんと住む横浜に、何年も野菜を送っていた。

あちこちで、引っ張りだこのT先生は
その後、静岡の大病院の立ち上げに副院長として呼ばれたり、
そこが軌道に乗ったら、京都に呼ばれて引っ越したりで
しばらくは、お姉さんがそこへ行く時に野菜を送っていたりもしたけれど
兄弟が野菜を作って送ってくれるようになり、宅配はやめていた。

が、その後もずっと、新茶の季節には静岡のお茶と
クリスマスにはカードとみかんが送られてきていて
いつもありがたく思っていた。

今回、岐阜県での講義を依頼されて
日程の調整をつけて、昨日から民宿に来てくださった。

ふと、海外もJIKAの仕事以外にも沢山行かれて
調査や講義で日本中を飛び回って
多くの知り合いがいらっしゃるのに
何で、看護職から離れて、農家をしている私に
わざわざ会いに来て下さるんだろうと不思議に思った。
まさか、調査した数百人にみかんを送っているわけではないだろう。(笑)

思い切って聞いてみたけれど
「加子母に来たかった」とおっしゃった。不思議。

ただ何度も話していたのは、聞き取り調査をしている時に
次男はそこら辺を這い回り、
長女と長男は、安倍川餅?を食べながら
テーブルの周りを、ぐるぐるとずーーっと走り回っていたらしい。
それがとてもほほえましかった、ようです。
伸び伸びと育っている様に見えたその後を見たかったのかも?

長女は会えなかったけれど
あれから10年、長男は13歳になり、見上げる大きさ。
次男も11歳、挨拶も手伝いも出来る。
T先生は感無量の様子でした。

T先生は70歳、お姉さんは75歳だそうですが
この6月に初めて、完全プライベートで海外へ行き、
クルージングやダイビングを楽しんできたというびっくり姉妹です。(笑)
もうこれで、講義も断って「これからは遊ぶわー!」と言っていました。

ドキドキしながら、料理を出して
でも全部美味しいと食べて下さって、
今日は一日、私はお休みにして、
恵那(ピラミッドの佳津弘さんが、今日は恵那で治療されていて)
から妻籠を案内してきました。
運転もドキドキでしたが、ちょっと間違えただけで(へへへ)
事故も起こさずに、夕方に戻り、
今夜の下呂の宿、湯の島館へ送っていきました。
どうかゆっくり、疲れを癒して下さい。

私も、慣れない道の運転は緊張して、さすがに疲れたー!
でも、久しぶりに、この10年を振り返った2日間でした。

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プロフィール

丹羽 泰子(なかよし家族)

Author:丹羽 泰子(なかよし家族)
有機農業を始めて、もう15年。すっかり、農家のおばさんです。採れた野菜の加工品や、小麦を使ってパンやピザ生地など作りながら、全国の皆さんに、取れたての野菜と一緒に送っています。


農家民宿もやっています。
先日テレビで紹介されました。
私が話してます。(笑)
皆さん、泊まりに来て下さいね。

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